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引きこもりで基本、月2万5千円で暮らしています。
2012年06月18日 (月) | 編集 |
京都府亀岡市で集団登校中の小学生ら10人が軽乗用車にはねられ死傷した事故で、京都地検は17日、自動車運転過失致死傷と道交法違反(無免許運転)の罪で運転していた無職少年(18)を起訴した。犠牲者の遺族らが罰則の重い危険運転致死傷罪での起訴を求めていたが、地検は少年に運転技能があり、事故は居眠り運転による過失が原因だったと判断し、適用を見送った。

遺族らは加害者憎しで、危険運転致死罪の適用を求めて、街頭やネットで、21万人以上の署名を集めたそうだけど、遺族には申し訳ないですが、それは無茶で感情論でしかありません。

かなり古いスラングだが、ポツダム免許というものがあります。1965年以前に普通自動車、大型自動車免許には、おまけとして自動二輪免許が付いていました。このため大型二輪の乗車経験のない高齢者でも、大型自動二輪の免許を持っているという現状があります。(65歳以上かな)

かくいう私も、若い頃大型自動車、普通二種免許を取ったけど、そのような車を運転した事はありません。それと現在は車の免許も総重量がどうとかこうとかで、免許の種類が増えているみたいだけど、私の大型免許には限定はありません。私の免許もポツダム免許です。

では、免許は運転に必要な知識を持っている事の証明かというと、車を運転している者は、道交法なんて知らない(試験が終わるとすぐ忘れる)バカが多いので、その証明にもなりません。

そもそも危険運転というのは、運転する能力がないのに運転する事で、免許を持っているかいないかは関係ありません。免許を持っていても、まっすぐに車を走らせるのもおぼつかないペーパードライバー、ポツダム免許で、定年退職後に初めて自動二輪を走らせる高齢ライダー(そんな人いないかも?)、そして私が運転する大型トラック等、これらの方がよっぽど危険運転だと思います。

社会には資格がないと出来ない業務、なくても出来る業務があります。資格があってもその業務の経験がなく、実務が出来ない者もいるし、資格がなくても出来る業務で、その業務の資格はないが、実務の腕の良い者もいます。別に法律(資格)は技術を保証するものではありません。

では免許(資格)は何のためにあるかというと、大体は政治、経済(業界)、役人の利権のためにあるものが多いです。社会ってそんなものですよ。

遺族らは地検の判断は、市民感覚からかけ離れていると言っているが、私は京都地検の判断は正しいと思っています。

といっても私は、無免許運転を認めているわけではありません。世の中には一定の割合でバカがいるので、たまにはこんな事が起こるのは仕方がなく、こんな事からの被害を最小限にするためには、集団登校を止めればいいと思います。あれ、私は小学校時代から嫌いでした。しまいには一人で登校していました。

でも群れていないと子供が変態の被害に遇う危険がありますね。しかし、交通事故の被害の方がそれよりも多いし(多分)、子どもを教育して、変態からの被害を回避する事の方が歩行者に突進してくる車を回避するより簡単だと思います。

「勇気を見せた」